The doors will never close.
本日も、開館しています。
欲望博物館とは「Museum of Hungers ― 欲望博物館 ―」という13曲のアルバムから生まれた、プロジェクトである。
はじまりは、5月16日。AIとの会話からだった。
「アルチンボルドや洛中洛外図屏風のような、集合体、カオス、賑やかをイメージした歴史アルバムを作りたい」と。なんなら、ちょっとした皮肉やダークユーモアを入れたいとも思っていた。
アルチンボルドは、野菜や果物の王を、ちょっとダークユーモア調で作ろうとした。だが、野菜や果物、花、魚などは、豊かさの象徴。土地があって、食べ物がある。王を讃えるものでもあり、暮らしに直結する、当たり前の感覚を垣間見た。
クンストカンマーは、世界を自分のもとに並べたい、という欲望もあれば、純粋に知りたい、見てみたい、集めたい…があった。ステンドグラスからは、救われたい、生きたい、大切な人が無事でありますように…などの祈りがあった。楽園からは、美しい瞬間をとどめておきたい気持ち、心地よさに浸っていたい気持ち、その儚さを憂う気持ちが見えた。若冲の動植綵絵からは、命を見つめ尽くす、見つめたい…描きたい…そんな感覚を感じた。
曲を作るにつれて、私は「…あれ?」となっていった。曲のテーマにした、欲望が、祈りが、求める気持ちが…「自分にもある」の連続だったからだ。しかも、それは、全く否定すべきものではない…と。
極めつけは、「A Thousand Signs ― 30万年の問い ―」だった。人は不安だった。怖かった。大昔からずっと、明日を知りたくて、星に聞き、月に聞き、亀甲や骨に聞き、暦を作り、巫女やシャーマンに聞いた。明日はどうなるのか?私は生きられるのか…?安心したい。教えて。と。
王でも、庶民でも、誰でも、不安だったのだ。
私自身、子どもの頃から、恐怖や不安が強いタイプだった。ずっと生きづらさを感じていたし、それは弱さであり、克服すべきものだと思っていた。でも、「不安を感じるのは、おかしなことではない。人類がずっと向き合ってきたことなんだ」と、まるっと肯定されたような気がしたのだった。
ここまで作って、私はこのアルバムは、ダークでも皮肉でもない、人類の当たり前が詰まっている、と気がついた。歴史そのものであり、私そのものだ、と。
だから、この欲望博物館は、人類の歴史を展示すると同時に、私自身、あなた自身をも展示する。私も、あなたも、ガラスケースの中に展示される。ホラーではなくて、人類の歴史の中に、自分自身をも位置付ける試み。
最後の曲「Museum of Hungers ― 欲望博物館 ―」には、こう書いてある。
「欲望は弱さじゃない 生きてきたことの証」
欲望は、弱さではない。悪でもない。
生きることだ。
ようこそ、欲望博物館へ。
館長くるみ
アルバム「Museum of Hungers ― 欲望博物館 ―」全13曲。
ひとつの曲が、ひとつの展示室です。
各音楽ストアにて、公開中。
本日 17:30、この部屋の幕が上がります。
The heartbeat never goes ― 鼓動は、鳴りつづけています。
YouTube Musicの明かりは、配信が届き次第点きます。